豚コレラ(豚熱)清浄化のための3つの提言 2021年5月18日
元 豚コレラ清浄化実行委員会 事務局 担当 山下 哲生
4月の群馬、三重、栃木に続き、5月には山梨でも県下最大の養豚場で豚コレラ(豚熱)が発生。今年に入ってから短期間に5万頭近くの豚が「防疫」の名のもと殺処分されています。また、すべてが、豚コレラワクチン接種推奨地域として、ワクチンが打たれた地域です。
この事態に対し1994年民間から豚コレラ清浄化運動を立ち上げ、下って2020年この豚コレラの発生で、自らの養豚農場閉鎖においこまれた当事者として、3つの提言をさせてもらいます。
① 豚コレラ(豚熱以下 豚コレラで統一)発生農場においては、ワクチン接種農場の場合、早急の疑陽性豚扱いの殺処分は、ワクチン未接種群を除き中断し、PCR検査及び21日以上の観察で発生が確認されなければ、通常の生産・出荷システムに復帰させる。
豚コレラワクチン接種豚に対する発生農場での疑陽性豚=擬患畜扱いは、非科学的 無意味な浪費
② 欧米で認可されている遺伝子組み換えマーカーワクチンは、感染防御効果も強く、かつ豚コレラ清浄化においては、野外感染との識別も可能とされOIE(国際獣医局)も、撲滅体制下の利用を認めています。
農水省は、わずか4頭の試験で野外感染との識別効果無しと結論づけて、その防疫での積極使用を見送っています。代わりに、いつできるかもわからず効果の上がらないバラマキの経口ワクチンに遺伝子組み換えワクチンの開発費をかけています。マーカーワクチンの接種を促進、併せて大規模な検査で野外株との識別を行うべきです。
マーカーワクチンの利用拡大が、防疫清浄化の切り札 たった、4頭の試験でその可能性を否定してはならない。
③ 抜本的対策として、官民の英知をあげて、野生イノシシ、猪豚の狩猟、捕獲を計画的に実施、その摘発・処分を行いましょう。これは豚コレラのみならず、ワクチンの無いアフリカ豚コレラ防疫にもなります。この手法は、ベルギー、チェコで2019年実施され成功しています。日本でも300年前、長崎の対馬で島にいた8万頭の猪を、9年かけて島から駆逐、以後、平成に至るまで、猪の害を根絶し、食料が自給できる島にしました。出来ない政策ではなく、統一した方針とやる気で、イノシシからの感染を防ぐことで、豚コレラアフリカ豚コレラの感染を防除できます。
「政治、政策とは、可能なことを見出し実行に移す技術」です。イノシシの殲滅(せんめつ)など不可能とせず、まず行えないか、検討してみましょう。この実行の過程で日本の家畜防疫は世界のトップに立てます。
この3つの提言に対しもう少し詳しく説明させて下さい。
1.豚コレラ(豚熱)ワクチン接種済みの飼養豚に対する殺処分は、豚達に対する虐待である。
豚コレラ=CSF接種済みの豚は、処分対象の擬似患畜にはならない!!
私達養豚に携わるものにとり 一番つらいことは育てている豚が出荷されることなく途中で疾病、事故等で死んでしまつたり、淘汰せざる得ない事態に直面することです。まして感染予防のための殺処分なら、なおさらのことです。
2011年の宮崎での口蹄疫、2018年から岐阜で発生した豚コレラ(現在では豚熱に変更)による多くの家畜、豚の殺処分は、やむ終えないこととはいえつらいことでした。その中で、防疫のキリフダとして、豚コレラワクチンの接種再開は、やむ終えないものと従いました。
しかし、栃木でCSFワクチン接種済みの農場で、4/17感染が確認され2農場で37000頭が殺処分 三重でも同時期の発生で10000頭が処分対象となりました。
処分が始められたとき「なお、県内養豚場において、ワクチンを接種していることから、移動搬出制限区域は設定しません」と早々にアナウンスがだされました。
三重県でも4月14日、1万頭規模の農場の殺処分が始まったとき対象農場に隣接している養豚農場では、3日後には、防疫処置が課されることなく、出荷が行われ、4月23日に殺処分が終了すると、3カ所に設けられていた消毒ポイントもその日のうちに閉鎖されました。
根拠となるのは、発生農場の豚は、すべて、擬似患畜で殺処分対象とする、家畜伝染病予防法のたてまえです。
その一方で、発生農場以外の農場では、豚コレラワクチンを打つているので、「感染リスクが無い」とするのは、大きな矛盾だと考えられます。豚コレラワクチンは、接種されると3日ほどで免疫防御効果が出ることが認識されています。ウィルス病に対しての特効薬がワクチンであることは、今回のコロナウィルス感染症でも広く知れ渡っているところです。
接種した豚に対しては、豚コレラ発症の可能性がなくなる観察期間21日を経過観察してその結果を待てば良いのです。
同様のウィルス病であるアフリカ豚コレラに見舞われている中国では当初は全頭殺処分でしたがパーシャルデュポプレーション(部分 殺処分淘汰)と、コロナ対策で評価されている徹底したPCR検査で対策をおこなっています。これでアフリカ豚コレラの感染及び可能性の高い部分を絞り込み最近では農場全体の殺処分をおこなっていないときいています。
アフリカ豚コレラもCSFも、発生しやすいのは離乳から50~60日令に集中して感染しやすくなっています。したがつてこの段階の豚をPCRにかけ殺処分することで、他のステージの発症は抑えられています。このやりかたで中国の養豚生産は急速に回復しているとの情報が入ってきています。
(海外養豚雑誌 ピッグプログレス 等)
殺処分の対象は、患畜、もしくは擬似患畜とされています。患畜とは、感染が確認された豚です。擬似患畜とは「患畜及び病原体に触れたため、又は触れた疑いがあるため患畜となるおそれがある家畜」とされています。 これを厳密に規定した最新のものが豚熱に関する特定家畜伝染病防疫指針(令和2年7月1日)です。この中に詳細に殺処分を含めた細かい規定がかかれています。
この中で、今回問題となった 「患畜」「擬似患畜」も詳しく規定されています。しかし、細かい検査方法が述べられているにもかかわらず、「擬似患畜」については、極めてあっさりと述べられています。
第5 病性等の判定 の中に
2 患畜及び擬似患畜 とゆう部分で「擬似患畜」とは
①
初発農場でCSFの症状が出ており、かつ検査でウィルス抗原が検出されたもの
(筆者 これは問題ない規定です。)
②
患畜又は初発の擬似患畜が確認され農場(以下 「発生農場」)で飼養されている豚等
③
発生農場で豚等の飼養管理に直接携わっている者が直接の飼養管理を行っている他の農場において飼養されている豚等
細かい規定はありますが、CSFは、接触感染が主とされているため、接触が疑われる範囲の豚は、「擬似患畜」と規定されるのです。
ワクチン接種豚は、「擬似患畜」になり得ない。
この指針が出た頃は、ワクチン接種農場で、豚コレラウィルスが、わずかな隙間から侵入し、大規模農場で少数であるが発症する事態は、「想定外」ではなかったでしょうか。それでもワクチン未接種のある部分に集中している発症に対し、大部分の親を含めての接種済みの豚には、それこそワクチン効果が見えてこないのです。
かつて、関東某県の大規模生産者の農場で その県を含め豚コレラ清浄化の目的達成のため、そのワクチン接種が禁止されていたにもかかわらず、その飼養豚に対するワクチン接種が不法に行われたことがありました。
当初 農水省は禁止されているワクチン接種豚は、陽性豚であり擬似患畜として、殺処分するとアナウンスしていました。しかし、頭数がかなりの数にのぼることがわかると、接種豚でも「市場に流通し、食卓に回っている」ことを理由に、殺処分には当たらなかったのです。
ワクチン接種済みの農場では、未接種豚、あるいはワクチン接種が不完全で、発症するものを除き、ワクチン接種済みの豚であれば、疑陽性豚にはならず、念のための21日の経過観察で十分ではないでしょうか。
多額の税金がかかる殺処分
栃木県は、殺処分だけで23億円の費用を計上しました。処分数は、39,000頭ですから、1頭当たり6万円近くにのぼります。このほかに、殺処分対象豚に対し、補償金が国から出るとすると(3~4万か?)1頭10万近くになるのではないでしょうか?
擬似患畜でなければ、これは発生したステージのみでおわり費用も労力も10%程度で済み、何よりも作業に関わる人たちも、養豚場で働く人たちも、ストレスが最小限に抑えられるのではないかと考えられます。それでなくとも、コロナで多額の税金が投入されている中、国民の理解が得られるか疑問です。
2. 清浄化の武器として日本では使われていないマーカーワクチン
遺伝子組み換えのマーカーワクチンは、海外では、豚コレラ発生国であっても、その接種が推奨され、ワクチンを打ちながらでも、豚コレラ発生が1年以上なければ、清浄化宣言が出来、ワクチンの中止が宣言できるとしています。(OIE基準) マーカーワクチンを使うと、野外の野生イノシシからの自然感染があつたとき、PCR検査で野外感染か、どうか判別できるからです。
現在の通常ワクチン(50年ほど前に開発された生ワクチン)より、より簡単に判別が可能なことから、欧米では、このワクチンを推奨しています。ところが、日本では、今回のコロナウィルスの国民に対するワクチン許可で問題になった、緊急使用についての遅れ=日本での知見が出ないと採用できず、結局、アメリカ、イギリスなどと比べ、半年以上その使用にストップがかけられている。同じ状態が豚コレラのマーカーワクチンとしての使用の問題で続いています。
日本での知見を出すための試験は、8頭の豚を用いて、実際のワクチンを打たれた豚は4頭、残りの4頭は比較のためのワクチン無接種豚でした。ワクチンの豚コレラ防止効果は十分にあつたが、野外感染との違いが出来ないというのがその結論でした。野外感染であるかどうか調べるには、PCR検査の際に試薬を入れる必要があります。
また、このマーカーワクチの製造元の有名なファイザー社の動物部門の子会社ゾエティス社は、このマーカーワクチンは、個別診断というよりも、ある程度の頭数を持つ群が全体として、野外感染していないかの判断材料となるとしているようです。専門の獣医師に農水で出したDIVA(野外感染とワクチン抗体の識別ができるかどうか)試験の結果を検討してもらったところ、まず試験の頭数が少なすぎること、また抗体検査の試薬は7種類ほどあるが、2種類で、しかも、結果の導き出しが早すぎるのではないかとの疑問の声が出ました。
最初の問題に移りますが、発生農場でマーカーワクチンが使われPCRといくつかの組み合わせでDIVAがわかったとすれば、野外感染があるかどうかわかり、疑陽性も否定できるのではないかと考えます。さらに、つけくわえると、マーカーワクチンの感染防御試験では、100%といえる、強い抗体生産が出来たと農水からも、報告がだされています。
現在、打っても抗体があがらない豚が10%近く出ている、そのためもあるから疑陽性の擬患畜にすべきとの議論も有ります。国産の豚コレラ生ワクチンは1968年(昭和43年)に農林水産省家畜衛生試験場で開発された非常に効果の高いワクチンです。
一方、豚コレラウィルスの方は、確実に変異して、その感染した宿主(患畜)を殺さず、弱毒化して感染を拡げているようにも見えます。当初岐阜での2018年豚コレラ初発の際に、感染豚は死ぬから拡がらないとの見方もありましたが、その後の全国70%近い野性イノシシ感染のひろがりを見れば、ウィルスの変異が、かんがえられます。そうであれば、より、新しく開発されたワクチンの方がより効くのではないかとゆう、疑問がおきてきます。
とにかく、このような非常事態に対しては、できることは何でも試し、だめなら 検証してよりよい方向をさがすべきではないでしょうか?そのかぎりで、マーカーワクチンに対する躊躇は、疑問を感じざる得ないところです。
3. 野性イノシシのコントロールこそが、清浄化のキリフダ
特別天然記念物 奄美の黒ウサギは、毒蛇ハブの退治を目的に、島外から導入されたマングースにより、一時絶滅寸前までその数を減らしました。これに対し環境省や島民の努力で、マングースをかつては、野生化したものが1万頭ちかくもいたそうですが捕獲淘汰してほぼ、殲滅することできたそうです。現在では奄美のクロウサギは増加しつつあると聞いています。
人間は、地球上の動物の頂点に立つ生き物です。道具を使い、考え、情報分析とそれに基づく観察も出来ます。ヨーロッパでは、アフリカ豚コレラに感染した野性イノシシをその生態を観察しながらゾーンを決め柵で追い詰め囲い、ドローンを飛ばしたりして、追い詰め、集団狩猟でこれを、殲滅しつつあります。
日本でも、韓国釜山から海一つ隔てた50kmの近距離にある対馬島(日本で10番目の大きさの島、人口35,000人、面積696平方キロ)で今から320年前 西暦1700年に、島の農政長官の地位にあつた 陶山 訥庵(スエヤマ トツアン)が、準備万端手配を整え、島の北から南にむかい5段の柵を設けました。江戸時代のそのころ8万匹といわれ、島で繁殖し田畑を荒らしたイノシシを「殲猪令(センチョレイ)」を出し、領民に負担をかけることなく9年かけて
これを、殲滅しました。それ以降300年にわたり、対馬にはイノシシは、出現せず、島民は、飛躍的に増えた田畑からの収益で食料を自給してありあまるほどになりました。
官民を上げ、正しい政策をもつてすれば、農業、農村の復興も可能なことをしめしています。問題は熱意をもつて実現に働ける人がどれだけいれるかです。
結語
人は、危機のときどう対処するかで未来は決まります。
日本の養豚産業は、豚コレラのワクチン接種地域での感染拡大とゆう未曾有の危機の中にあります。この中で、業界からの発言がコロナ下とはいえ、少ないのが気になります。
かつて、豚コレラ清浄化運動で、生産再開維持のため、かなり手厚い補償制度が運動の中で勝ち取られたと思います。この枠組みもあり、豚コレラの通報は進んできていると思います。では、この先どうするか、飼料高、豚価の低迷、関連経費の上昇、これからの養豚経営は、難しい局面に入りつつあります。
それでも、国民に安心・安全、そして美味しい豚肉を届けるのは、私たちの責務だと考えます。そのためにも、大いに声をあげ、行政に対してもおかしいと思われることには、声をあげ、消費者のためにも、業界のためにも良い議論をつみあげていくべきではないでしょうか。
|