肉質と遺伝


 繁殖成績について前回は述べましたが、体質という面での肉質も、大きな影響を及ぼします。まず今問題にしたいのは、格付け制度です。
 これは、主に脂肪の厚さで決定されますが、欧米では機械計測でもって、赤肉割合いを出し、赤肉割合が多いほうが良い豚とされてきています。
 これは、現在の社会情勢の結果であり、歴史を紐解くと、時代の「欲求」が豚の改良にも大きな影響を及ぼしていることがわかります。

<そもそもの、豚は脂肪をとる為に飼われた>

 豚の歴史をみると、味よりもエネルギー源として、脂肪をいかに蓄積させるかに、改良、選抜がなされてきたといえます。
 ヨーロッパにおいては、豚と「ドングリ」は深い関係がありました。夏場は、体を作る力の出る餌が少ないため、昔の豚達は何でも食べられるように消化器官が発達し、お腹が大きく膨れ、その割に、皮下脂肪は乗らない、体型になりました。
 秋になると、豚達は木の実がなる雑木林へ導かれ、そこで落ちてくる油脂のたくさんつまった木の実を食べたり、同様に、大きくなった虫やキノコ、根菜類を一気に腹いっぱい食べ、脂肪の蓄積も飛躍的に進みます。
 このような、時代に選抜された豚は、頭が大きく、肩が張り、大きな内臓を持ったため、胸幅、腹幅がともに大きく、正方形に近い形になります。
 これらの豚は、冬を前に繁殖用の少数の豚を除き、と畜されます。この時代には、特に前述したように、脂肪を多く付ける豚が良い豚とされました。
 「たっぷりの豚には、たっぷりの脂(あぶら)、たっぷりの糞」というのが、良い豚の条件といい記述も有ります。
 「たっぷり」という表現は、スケールが大きく、体に脂肪が付着しているので、タプタプした感じになるということです。特に脂肪がたくさん付くほど良い豚と考えられ、体形も、短足で、骨は、細く、かつ体重は大きなものが好まれました。また、脂の付き方も、首筋や腰などに、盛り上がるように付着するようです。中には、牛並みに大きいものもあらわれ、1200kgという豚もその存在が記録されています。このような豚は、後にラードタイプともいわれ、品種としては、白系の中ヨークシャーなどに、その血液が残っています。


<良い脂質の復権>

 現在の健康志向の中で、豚の脂は悪玉扱いされていますが、調理の方法や、質の追求でその良さが見直されています。良い脂質には、良い香りがついてきます。また、加工や保存には、良い脂質のものが、不可欠です。
 一般に、脂の多い厚めの豚は、薄いものより強健ですが、成長は遅れます。これは、赤肉をつくるよりも、脂質をつくる方が、より多くのエネルギーが必要になるからです。一般に家庭やレストラン、食品工場などから出る 食品残渣は、一般に高エネルギーのものがすくなくありません。
 現在の養豚産業の主流は、大規模な種畜会社が供給するハイブリッド豚ですが、それでも、庭先で、あるいは、家族経営のなかで、このような未利用資源を使いながら、脂肪を作り出す豚が飼われています。このような「昔の肉」を食べたいとするマーケットもあります。
 今、インターネットのマーケットでは、有名な「楽天」のページを開くと、豚肉の直販で、人気ランキングの上位をいつも占めているのは、中ヨークシャーの肉の販売で、そのネーミングは、なんと「古代豚?!」となっています。
 次に述べるように、今再び 美味しい香りの良い豚肉を食べたいという声も高まってきています。昨年、イギリスを豚の選抜で訪れた際に、日本の共進会(牛、豚などの品評会、
日本では豚で行われなくなって久しい)に当たる、ロイヤルショーを観る機会がありました。そこで、出てきた豚は、希少品種といわれるものから、今をときめく、ヨークシャーたデュロックなどもいましたが、一番に多かったのは、中ヨークシャーでした。脂身の美味しさで評価は高く、年々需要が増しているとのことでした。それ以上に人気があったのが、今回日本に連れてきたブリテッシュ・バークシャー(BB、英国黒豚)です。
 このロイヤルショーでも、品種間の垣根を越え、生まれた月、あるいは雄雌のジャジング(順位を決める競技)で、ブリテッシュ・バークシャーは、いつも上位を占めていました。ブリテッシュ・バークシャーは、その脂と赤肉の味で、通常のスーパーで売られている豚肉の、倍の値段で売れるといっていました。
 これらの、希少品種には、民間の自然保護団体であるナショナル・トラストからの助成処置があり、一定の基準さえ満たせば、頭数に応じ補助金がでるとのことでした。これなども、多様かつ貴重な遺伝資源を維持、増殖する上で大きな力となっています。
 日本では、長年にわたり、家畜の改良事業は、「官」(国あるいは、公共的団体)が行うものとの、建前が、家畜改良増殖法の関係もあり、おこなわれてきましたが、目に見えるような成果を豚に関しては上げていないと思います。
 イギリスのように、民間で信念をもって、遺伝子の維持増殖に取組んでいる、いわゆる
ブリーダー(育種家)に対する、助成 支援体制の構築の方が、改良面ではより効率的で経費も安くすむのではないかと考えさせられました。


<香る豚肉>


 肉には、臭いがあります。悪い方の代表が獣臭(けものしゅう)、良いほうが「香り」です。私どもの生産するBBは、臭いが良い、香りがするということで評判となっています。焼き肉などすると、その臭いが、煙となり、室内に残りますが、その臭いは不快なものではなく、「香り」として残ります。
 この煙は、脂肪からくるものです。無味におもわれがちな脂肪ですが、フレーバー(臭い)では、重要な役割を果たしているのです。
 鹿児島の黒豚生産者協議会は、脂肪を 「白脂=あぶら身」と呼ぶように統一しています。これは正しい方向で、まさに、肉の美味しさ、栄養価を高める上での不可欠なものとして、「あぶら身」を復権させていくのが基本だと考えます。



▲ 煙もご馳走!





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脂肪は貴重品

 今から20数年前、当時、ソビエト連邦と呼ばれていた、社会主義政権下にあった、現在のロシアのモスクワを訪れたことがあります。まず向ったのは、食肉専門のスーパーマーケットで、もちろん豚肉を見てみました。
 体格のいいロシア女性たちが、豚肉の品定めをしていました。肉は、ブロックになって、切り方もこぶしほどある正方形のサイコロ型で、細かい部分分けもしていないようでした。
 ロシアの女性達が選ぶ豚肉を見ると、とにかく、赤肉よりも、少しでも脂肪が多いものを選んでいるのでびっくりしました。事情に詳しい人に聞くと、厳しい冬のロシアでは、エネルギー源としての脂肪がとても、貴重であり、赤肉の多いものは、脂肪分が少なくなるので嫌われるとのことでした。また、値段は重さで決まるので、水分の多い赤肉よりも、脂肪の多いほうがお徳とのことでした。
 そういえば、子供のころ、肉がめったに食べられないとき、肉といえば、少しでも脂身が多いところを食べようとしていたと思います。
 「白い肉」の方が好きといって、争って食べたような気がします。エネルギーが、ほしかったせいかもしれませんが、質の良い脂質は、いつの時でも人気が出るものです。



▲ 脂肪は貴重品!