T 現場と未来を見つめるマデック博士
ピッグスペシャリスト 山下哲生
私は今年2月、フランスのブルターニュで、日本ではあまり馴染みのないフランスの養豚農場を視察する機会を得ました。その報告は、順次行いたいと思いますが、その中で、サーコウィルスに起因したPMWSに対する現場でできる対策として提唱された「マデック 20の法則」(表)で世界的に著名なフランス食品安全庁獣医学研究所副所長のフランソワ・マデック博士から話を伺うことができました。短い時間でしたが、これからの養豚を考えるうえで、実に貴重なサジェスション(示唆)に富むものでした。その内容を一部ですが報告させていただくことで、現場で働く方々の一助になればと思います。以下、その話の要旨を述べさせていただきます。
食品安全庁獣医学研究所の役割について
マデック博士の勤務する食品安全庁獣医学研究所は、1970年代に畜産の盛んなブルターニュ地方の農民の要請を受け、その中心地域に造られました。研究所の敷地内には、1万年前の巨石文化を象徴する「ドルメン」もあり、歴史を感じさせる場所でした。研究所では牛、鶏、豚などの畜種ごとに建物が分化され、試験・実験室は、汚水、空気の流入も含め完全にバッチ(ブロック)に仕切られ、個別に環境設定+投入物と排出物が計量できるようになっており、作業者もシャワーを浴びなければ中には入れないシステムになっています。
実験、試験に使う豚もすべてSPFの、病気に汚染されていない豚が試験場内で作出され使われています。日本でいえば、筑波にある家畜衛生試験場(家衛試)のようなところです。
ここで、例えば、サーコウィルス等の感染試験が、行われモニターされるとのことで、ここでの試験結果は、絶えず、記録公表されているとのことです。
設立されたときから農民のためという視点があったので、農民の側からの試験依頼も多いとのことです。ただ、施設が老朽化してきたため、新たな視点で、設備の転換にとりくみたいとのことでした。しかし、完全な、オールイン・オールアウト、かつ病気感染がない状態だと140〜150日ぐらいで出荷体重に到達してしまうとのことで、まず、このような、「理想的な」条件設定があって、「マデック20の法則」のバックボーン(基本)ができたのかと考えさせられました。
実験室からフィールド(現場)へ
90年代から2000年にかけて、世界の養豚産業は重大な疾病の続出で、事故率が大幅に増加していきました。養豚農場からも原因とその対策を求め、病気、事故の鑑定が求められたそうです。しかし、なぜか、コントロールされた試験室では、感染しても、発症しないケースが続出、単なる病理の追求では現場の要求に対応できないのではという疑問を感じたそうでうす。
これを受けて、マデック博士らが始めたのが、養豚の現場に入り、実際の疾病状況を徹底してモニターすることでした。
そこから得た結論は、農場では複数の要因が複雑に連鎖し絡み合いながら動き、単独では動かない病気でも、豚を死に追い込むほどの病毒を生むと結論づけました。
「農場では単独の病原菌が動いて問題になることは少なく複数の環境要因が、病勢を勢いづかせている」「複数の環境要因を動かさないようにする原則をまとめたものが、マデック20の原則である」とのことでした。
我々研究者は、もっと現場の環境を見つめなければならないというのが、博士の結論でした。できれば、農場の現場に近い状態で、病理試験もできればというのが、博士の希望でもありました。
マデック博士のこの考えは、アメリカ、日本でも有名になり、賛同する声が多くなってきています。地元のブルターニュでも、信頼感は抜群で、マデック法則があるから、里子は、当日限定している。里子を集中化させるためにも来月述べる、グループシステムが支持され、ほとんどの農場で一般化しているのです。
それでも生産者は、個別の原因を追究したがる
一般の説明の後、質疑応答に移りましたが、特に小グループで最後まで編成を変えないという「マデック原則」については、離乳以降の大群飼育が一般化している現状から、無理なのではという、質問が続出しました。また、品種により病気にかかりにくい系統があるのではという質問もでました。
しかし、マディク博士によれば、それらは、農場の個別の体制の問題であり、むしろ全体の流れ、環境に結びついた要因としてとらえ、あくまで「マディク20原則」に即し考えることでサーコをはじめとする病気のコントロールは可能であるという見解でした。
これらの課題が、どう処理されてきたかは次回の「ブルターニュの養豚」で再検討したいと思います。
ただ、私たち生産者は問題が起こると、ともすると「犯人探し」に血道を上げがちで、そこで起こっている本質を見失いがちであるという指摘は、耳の痛い教訓として忘れてはいけないことです。
未来を見つめるマディク博士
博士の今の希望は、現場でマデック法則を実践検証するということだそうです。現場は複数の感染原因が、複雑に絡み合っている。その組み合わせの糸を解明することで、現場により役立つ情報を提供したいからだという。
その一方で、「2050年には世界の人口は90億を超える。そうなると、人類と食料源を共にする豚は、飼育が難しくなる。むしろこれからは、草を食べてこれを肉にする牛、羊などが、より重要な役割をはたすだろう」と語られた。
この発言は、豚専業でやってきた我々に意外であったが、やはり資源の問題は避けて通れないし、ブルターニュの養豚家も、かなりリサイクル飼料、食品残さを使用する方に向いていました。
2〜3年先でなく、10年、20年というスパン(長さ)では、自ずと違ってくるでしょう。しかし、根っからの「養豚大好きのマデック博士」は、後2〜3年で定年なので、それからは思いっきり農場の現場で調査、研究をしてみたいと付け加えられた。
日本にまた来てくれますか?というわれわれの 要請に「WI」=OKとこたえていただいたのが、印象に残りました。
マデック博士と筆者
ブルターニュ獣医医学研究所のオフィス。前後は実験棟
※ 月刊「養豚情報」2010年4月号掲載記事より
U バンド・グループシステム駆使するブルターニュの養豚
ピッグスペシャリスト 山下哲生
畜産盛んなブルターニュ
フランスは、ヨーロッパでは、屈指の農業大国で、中小規模の農家が多いことで知られています。ドーバー海峡を隔てイギリスと向かい合う形に突き出た半島部分がブルターニュです。世界的に有名な観光地 モンサンミッシェルもあり、牧畜並びに観光でも有名です。また、日本の農業政策は、フランスの農業政策を基本とし、日本の農業基本法もフランスの農業法をベースにして、基本理念である「自作農の創設 維持」は、急速な大規模化、集約化に対する歯止めとなってきました。
フランスは、人口は、日本の半分、面積は1.5倍 しかし、耕地面積が広く国内の食料自給率は120%を超え食料輸出国となっています。ブルターニュはフランスでも畜産が最も盛んな地域として知られて、面積的には全土の5%しかありませんが、豚肉についてはフランスの75%、さらに卵生産・牛乳生産でも50%以上の生産を占めています。います。豚肉はイギリスなど各国に輸出し、日本にも輸出を開始しています。
ブルターニュは、風の強い地域として知られています。この風が強い、厳しい土地では、この風の強さというのを、利用して多数の風車式風力発電所が建設され、新規の発電地帯となっています。これは、海峡に突き出た半島のため、ちょうど平地に突き出た山の尾根のような感じで、海からの潮風を両側から受けることで、年間を通じ風が強く、結果として森林が発達せず、放牧地、畑 位しかできなかったといわれています。
特に、畑、牧草地を維持するには、有機質肥料が不可欠でした。畜産をやり、そこから産出される有機質で穀物を栽培、これで家畜を飼養し、また再生産するという形をとってきました。畜産が中心に休むことなく続く生産は、勤勉な「県民性」を生みだし、ブルターニュの男というと、「身を粉にして、働く」「休みを取らない」という、かつての日本人のイメージで、フランスでは語られています。
昔は、イギリスからも、たくさん子豚を輸入し、これを肥育し、出荷するという形もとられてきましたが、今では子豚生産が盛んになり、肥育素豚も国内供給できるようになっています。畜産が盛んなことから、研究施設、周辺の産業も盛んで、情報の集積、並びに指導体制も整っています。
※解体頭数の多い図左上の地域がブルターニュ
資料:IFIP(フランス養豚技術研究所)2007年統計より
生産性高くとも「厳しい」
フランスでは、家族経営の養豚が基本でしたが、雇用労働を入れて規模拡大するケースが増えています。一方、フランスはEUの盟主として指導する立場から、各種のEU農業政策を策定、守らなければいけないという宿命を背負っています。
畜産に関しては、糞尿を処理できる十分な耕地を持たなければ、畜産を行えない規制があります。したがって、規模拡大を目指す養豚農場は、まず耕地を確保しなければなりません。また雇用労働を確保するには、週休2日、労働時間の厳守、夏季休暇=バカンスの付与等が、他産業と同様、厳しく求められています。
豚肉の値段は、2月に訪れた段階で、生体1kg当たり1・2ユーロ。出荷体重が110kgぐらいなので、肉豚1頭当たり1万8000円程度となります。格付けは、赤肉量で機械的に決められるので、止め雄には枝肉歩留まりの良いピエトロエンが使われています。
生産者の口をついて出てくるのは、「儲からない、厳しい」の一言ですが、その生産性は高く、ヨーロッパでは、デンマークに次ぎ生産性が高く1母豚当たり年間23頭出荷となっています。日本の平均よりは4〜5頭多く出荷していても今の豚価は厳しいとのことでした。ブルターニュの養豚はともすると、現状の18頭出荷、枝肉450円(生体110kgで3万円ないと成り立たないとする、日本の生産者)に対し、まだ、「甘い、まだ出来る」という技術面でも、姿勢の面でもインスピレーションを与えてくれると思います。
フランス代表するブルターニュの養豚生産の特徴
1.当たり前な技術としてAI
私は30年ほど前に、フランスの農家養豚で泊まり込み、実習を受ける機会がありました。その農場では、母豚は10頭ほどいましたが、雄豚がいませんでした。発情兆候が来たら、AI(人工授精)センターに連絡する。すると、そこの職員が来て、受精の適期を見極め、AIを行っていました。雄豚のいない、一貫生産ということで、大変驚きました。
しかし今回訪問した4農場ではすべてAIで、発情確認用の雄豚が1〜2頭いるだけでした。そんなに少ないなら、どんなすばらしい雄豚をもっているかというと、肉豚の中の虚勢漏れの雄をただ、発情誘起のためのみに使うので、雄豚としての価値はゼロに近いとのことでした。ただし、人に馴れ、管理者のパートナーとして交配を助けてもらわなければならないので、温順で、雄の臭気を十分に持った、生後5年ほどたった活力のある雑種(肉豚)の♂が使われていました。
ブルターニュという狭い地域に、かなりの豚が集中しているので、複数のAIセンターが開設されています。センターからは専用車による農場までの配達、あるいは、引き取り、専門業者による配送なので、ほとんど、採液当日に配送されるシステムが、ブルターニュ全地域にわたり網の目のように構築されています。また、農場では、豚との接触を避けるため、専用の受け取り用のボックスを、決められた場所に置くようになっています。ちなみに、需要が集中する月曜日には、AIセンターでは、それに間に合わせるために午前0時から採取、調整作業が行われていました。
種付け後の妊娠確認は2回行われ、これもAIセンターの専門職員が行い、その結果を観て、AIセンターから生産者に請求がいく契約もあります。
衛生防疫の問題から、センターの職員が種付け作業を行うことはほとんどなくなったとのことですが、かつては母豚1000頭を超える農場では、AIセンターの専任職員が授精作業も行い分娩率で支払が行われるという経営もありました。コストの問題から、大規模経営になると最近では、農場での精液採取と製造=ホームAIを行う経営もあります。
このように、AIがきわめて、基本的な技術として、かなり前から、発達してきたことがブルターニュの養豚を特徴づけてきたものといえます。
2.バンド・グループシステム(バッチ・グループシステム)
フランスでは、1970年代ぐらいから、離乳を毎週ではなく2〜3週に一度にまとめて行うグループ離乳システム (これをフランスではバンド・グループシステムと呼んでいます)が、徐々に構築されてきました。
今の養豚技術で一番コントロールしやすいのは、離乳です。離乳が決まれば、種付けの時期が決まります。さらに確実に種付けできれば、今度は分娩が種付け時期に合わせ、集中して決まります。この場合、一番問題になる種付けは、先述したAIシステムにより、問題なく実施できるようになりました。また分娩、それに続く離乳、肥育も豚舎の改造、改築が行われて、群がまとまると自然にオールイン・オールアウトのシステムができあがります。
バッチシステムの詳細については、次回、「バンド・グループシステム」として述べたいと思います。
3.仕事にメリハリを=休み(バカンスをとる)
バンド・グループシステムを導入した最大の要因は、「労働の集中による効率化」だと、ブルターニュではいわれていました。
ヨーロッパでは、長い休暇と、仕事とプライベートの時間を分けることがかなり徹底しています。特にフランスでは、この傾向がヨーロッパの中でも強い国であります。養豚の現場でも、バンド・グループシステムは、まず休暇を取りやすくするシステムとして現場で受け入れられました。
雇用者を雇う経営では、特にはっきりしています。人を雇うとなると、大体、従業員1人当たり管理する豚は母豚換算で100〜150頭になります。このような数になると、個体管理は難しく、群管理=バンド・グループですから、仕事のない、空いた時間は嫌われます。今回訪問した母豚350頭規模の2農場では、それぞれの経営者以外に2名の従業員を2農場で雇い、それぞれ、離乳、種付け、分娩の週を1週ずつずらすことで、この2名の雇用者を効率的に動かしていました。
作業で訪れた時は、去勢の日に当たっており、500頭程度の子豚に対し経営者をはじめ2名の従業員が集中して朝からその作業にあたっていました。
仕事は朝7時から始まり午後4時に終わるところが多く、その間の休みは、朝10時ぐらいに10分ほどの打ち合わせを兼ねたコーヒー・ブレイクと、30分程度のランチタイム以外は、ほとんど動きっぱなしで、特に若い雇用者が目立ちました。
養豚場では労働はきついですが、賃金は比較的高いとのことでした。家族経営のところでは養豚場の作業以外に、種まき、収穫などの農作業にもあいている時間は、従事してもらうようです。また、ブルターニュは、農業が盛んで、労働人口の半数以上が、農林水産業関連なので、優秀な労働力を確保しやすいという面も見逃せません。
4.安い飼料コスト
ブルターニュでは、有機質肥料の畑地への還元、さらに、これを利用した飼料穀物の栽培が盛んです。また、養豚家は、糞尿を処理できる土地を自前で持たなければないので、飼料の自給率も高くなります。餌の購入単価は平均すると1キロ2ユーロ程度(約250円)。これを自前の飼料作物で作ると、1キロ1・5ユーロ程度(約200円)、さらにかなり盛んになってきているリキッド飼料の場合は、1キロ1ユーロ程度(125円)となります。
このように、ブルターニュは、飼料コストが安くつくことが養豚などが盛んになっている理由の一つと考えられます。
5.マデックの法則
フランス人は、プライドが高く、なかなか人の言うことは聞かないといわれてきましたが、こうだとわかるとすぐに取り入れるようです。前号で書いた、マディク博士の20の法則もそうです。
1990年代から2000年にかけてブルターニュでも、かなりの事故率になっていました。これに対し出されたマディク博士の20の法則は、100%にならずとも、かなりシステムの中に取り入れられ、バンド・グループシステムは、さらに広がってきました。これにサーコワクチン、コクシジウム対策などが加わり、事故率の低減に寄与しています。また、AIセンター、飼料メーカーなども、サービスとしてかなりの指導員をかかえ、農場の経営指導に当たっています。バンド・グループシステムの指導だけでも専門の指導員が複数、ブルターニュでは活動しています。
結語
年間出荷18頭台と、長期にわたり低迷してきた日本の養豚は、より手をかけることで、生産性を上げることを目指してきました。方向としては、個体管理の徹底だと思います。しかし、今回訪問したフランスのブルターニュでは、バンド・グループシステムによる管理で、生産性と成績をアップしています。また、飼養頭数の規制もあるため家族経営の母豚200〜300頭クラスの農場が生産の中心になってきています。これは、私にとって大きな衝撃でした。私の母豚40頭の農場でも、3月から早速バンド・グループシステムに移行し、グループ管理を目指し始めています。
隣の韓国でも、今、急速にバンド・グループシステムに移行しつつあります。バンド・グループシステムは、農場の大規模な改修、新設を行わないでも作業の流れを変えることで可能となります。低豚価で元気のない日本の養豚ですが、ブルターニュの養豚は、私たちに、まだ可能性のある道を示してくれているように思えます。
マデック博士の20原則
分娩ステージ
@バッチごとにピットを洗浄・消毒(AI・AOの徹底)
A分娩前の母豚の豚体洗浄・寄生虫対策(駆虫)
B里子の原則禁止。行うとしても生後24〜48時間以内にとどめる。ただし、初乳を十分に摂取させるまでは絶対に里子は行わない。
離乳ステージ
C小群管理(13頭以下)・確実な間仕切り(すき間のない仕切りで直接接触を最小限に抑える)
Dピットの洗浄・消毒(AI・AOの徹底)
E余裕のある飼養密度(3頭/uまで)
F十分な飼槽の広さ(7cm/1頭以上)
Gきれいな空気(アンモニア10ppm以下、二酸化炭素0.15%以下)
H適正な温度管理
Iバッチ間で豚を混ぜない(群の再編成を最小限に抑える)
肥育ステージ
J小群管理・確実な間仕切り(すき間のない間仕切りで直接接触を最小限に抑える)
Kピットの洗浄・消毒(AI・AOの徹底)
L離乳・育成期の豚房と豚を混ぜない(フローの逆行禁止)
M豚房間で豚を混ぜない(群の再編成を最小限に抑える)
Nきれいな空気(アンモニア10ppm以下、二酸化炭素0.15%以下)
O適正な温度管理
その他
P適切なワクチネーションプログラムの実行(必要のない過度のワクチネーションは避ける)
Q豚舎内の適切な豚の流れ・空気の流れ
R徹底した衛生管理(去勢、注射など)
S病豚の早期隔離・淘汰
Aによる種付け。雄豚は雌豚の鼻面と向かい合う
バンド・グループで集められた子豚
野外に設けられたリキッド配合タンク。撹拌はトラクターで。
円形管理ボード。このボードでやるべきことがすべてわかるようになる。
※ 月刊「養豚情報」2010年5月号掲載記事より
V 拡大する バンド・グループシステム
ピッグスペシャリスト 山下哲生
日本の養豚業界でも、グループシステムが少しずつ話題に上るようになってきました。このシステムが一番普及しているのはフランスです。フランスでは、90%以上の農場がこのシステムを取り入れています。
バンドとは、「群れ」、「グループ」を意味するフランス語です。日本では、アメリカ発のように紹介されている技術ですが、フランスでは1970年後半ぐらいから、この管理システムを生産に取り入れられてきました。
ある事情通によれば、イギリスの養豚産業教育で著明なビショップバートン農業大学で学んだブルターニュ出身のフランス人学生が、そこでの授業の中で学んだ、何週かまとめての集中離乳の考えを帰国してチャレンジしはじめたのが、最初との説もあります。
マデックの20原則とアニマルウェルフェア
バンド・グループシステムが、急速にフランスで普及したのは1990年代後半からのPMWSなどの疾病による急激な事故の増加が挙げられます。
この激しい病勢に対し、本誌4月号で報告させてもらったマデック博士のチャレンジがありました。その発端は、病気を調べるために、感染豚を農場から研究施設にもってくると、病勢は弱まり、ほとんど被害がなくなるという事実でした。
農場と研究施設の違いは、「オールイン・オールアウト」が徹底して行えるかにあります。マデック博士が飼養環境面で改善を求め具体化したのは、20の法則です。その内容を検討すると、そのうち10近くがオールイン・オールアウトに関連する項目といえます。このマデック法則は、行政の側から養豚の現場に伝達され、この法則を実践するように求められました。
農場ごとにマデック法則のうち、いくつが実行されたかが、調査され、さらに成績も調べられました。その効果は抜群で、マデック法則の15以上を取り入れた農場では、離乳から肥育までの事故率が10%以下になりました(表1)。これは、サーコワクチンが一般に普及する前の成績改善です。
またEU各国は、共通した農業政策を採用し、アニマルウェルフェアの観点から、特に豚1頭当たりの飼養面積を増やすように指導がなされました。
これを農場で実践する場合、離乳、子豚、肥育などは、通常、建物面積いっぱいに豚を飼養する体制になっていましたから、通路、柵、個々の餌箱などを取り払い、大群飼育にすることで豚1頭当たりの占有面積を多くする指導もなされてきました。
このマデック法則に基づくオールイン・オールアウトやEUの統一農業政策からくる密飼いの改善要求に応えるために、これから述べるバッチ・グループシステムが最も実行しやすい技術として普及したのです。そして農場成績を着実に向上させてきたのです(表2)。
離乳調整で行える効果
バンドシステムの基本は離乳日を固定するウィークリー管理(週管理)にあります。離乳を木曜日に行えば、種付けは翌週の月曜と火曜になります。分娩は、種付け日から3日後の木曜、金曜に集中していきます。
今の養豚の技術の中で、現場の養豚家が豚の生産サイクルの中で決定できるのは、いつ離乳するかということが、生理的にできる数少ないポイントといえます。離乳を決めれば、発情が来ます。さらに、交配すれば、妊娠さらに分娩になります。しかし、離乳以降は、管理者の入る余地は少なく生理的に決まった範囲(期間)での「流れ」になります。
この離乳は、授乳日数を調節すれば、まとめることが出来ます。通常の一貫経営で、毎週離乳している経営では、種付け更新が安定していれば、理想的な動きをすると1サイクル20週=140日で動いています。すなわち、授乳25日 + 妊娠115日 + 空胎期間(発情までの平均日数)10日=140日(これは理論上は、回転率2.6に相当します。現実には、再発情、発情遅延などで、空胎期間が多くなったり、授乳日数が変化しますが、考え方の基本として140日サイクルで回っていくものとします)となります。
農場で週ごとの管理をしている農場では、母豚は20ごとのバッチ・グループシステムで動いているものとして想定できます。
つまり、母豚100頭の繁殖、あるいは一貫経営であれば、毎週の予想される種付け、分娩、離乳数は、100÷20=5頭前後であることがわかります。
これを、基礎にしてまとめて何週かごとに離乳すると
毎週 離乳する場合 1週単位離乳 −20バンド・グループ 1−20
2週に1度まとめて離乳 −10バンド・グループ 2−10
3週に1度まとめて離乳 − 7バンド・グループ 3−7
4週に1度まとめて離乳 − 5バンド・グループ 4−5
5週に1度まとめて離乳 − 4バンド・グループ 5−4
「ツーテン」「スリーセブン」「ファイブフォオー」 などという言葉は、なんとなくバンド・グループシステムの話で耳に入っているのではないでしょうか。これらの言葉の頭が、まとめて離乳する週を表し、後がグループ数になります。簡略化するために60頭の繁殖豚群を考えると、週単位の場合は3頭のグループ、2週単位の場合は6頭のグループ、3週単位の場合は9頭のグループ、4週単位の場合は12頭のグループというふうにまとまります(図1参照)。
バンド・グループシステムは、集中化により作業効率を高める
繁殖部門の作業を「種付け」「分娩」「離乳」に分けると毎週の作業から、グループシステムに転換すると、以下のような流れになると想定されます。
それぞれに特徴がありますが、作業の集中化により、特に忙しい週と余裕のある週が必然的に生まれます。3−7バンド・グループの場合をのぞくと、特にこれらの作業空白のが
うまれます。5月号に書いたブルターニュの養豚で述べたように、まず、作業の集中化で休み、バカンスがとりやすくなることが、バンド・グループシステムの普及に大きな力を発揮しました。もちろん、種付け数が増えますから、これを手持ちの雄のみでカバーすることは、雄の稼働が悪くなるので、勢い、AI(人工授精)を採用することになります。
また、忙しいときだけの雇用も、忙しい週とその作業内容が決まることから、調達しやすくなります。ブルターニュでは2つの家族経営体で、それぞれの母豚300頭規模の農場でに対し、2名の雇用者を協同で雇い離乳週をずらすことで、そのシフト(働き方)を調整、実質1名分の雇用経費で効率化している経営もありました。
バンド・グループシステムは、オールイン・オールアウトを必然にし衛生度合いを高める
バンド・グループシステムを採用すると、1回あたりの離乳子豚数が増加していきます。母豚100頭では、毎週50頭程度の離乳数ですが、これを、2週、3週、4週のバンド・グループシステムで行えば、1回あたり、100頭、150頭、200頭という単位でまとまった離乳子豚がえられます。
さらに、子豚の離乳と離乳との間に日にちの間隔が開くことによって、水平感染のリスク(危険性)が大幅にへることになります。一度に離乳される子豚数が多くなれば、子豚を大きさごとに揃えたり、雄雌でわけるなどの作業が行え、ロット単位の作業が効率よくできるようになります。特にオールイン・オールアウトは、必然的に行われるようになります。
バンド・グループシステムで離乳された子豚
離乳をまとめることでグループ化
※ 月刊「養豚情報」2010年6月号掲載記事より
W フランス バッチ グループ システムの研究
臭いのコントロールによるストレス軽減=ヒーリングで作業効率、成績アップ
ピッグスペシャリスト 山下哲生
バッチ グループシステム においては、母豚100頭の経営でも、離乳数は、2−10(2週ごとの離乳)で 100頭近く 3−7(3週ごとの離乳)で150頭4−5(4週ごとの離乳)で200頭近くになります。
また、離乳母豚も2−10で10頭 3−7で15頭 4−5で20頭近くになります。
このように、多数 離乳してくる子豚を引き受ける離乳子豚舎は、フランスでは大群飼育になっていきます。大群にすると、一般に弱い豚は、ますます、弱く、強い豚は、反対に良い寝場所、餌などを、独占し(餌箱の食べ口付近、寝場所となっている角部分)、いわゆる、ボス豚となって、下位の豚を、力でねじ伏せ 速い成長を保つといった、認識が日本では一般化してきました。
しかし、現実には、大群による弊害は、意外に対策さえ立てていけば、生じにくいことがわかってきました。大群での飼育は、豚の行動に反するものではなく、そもそも、自然状態での豚の行動を研究すれば、、時には、子豚 親豚を含め、数百、数千の群れになることも報告されています。(山下哲生 訳 解説 ビショップバートン大学「豚の行動学」 参照)つまり、大群でおいても良好な社会関係=ストレスが少ない環境は、つくれるのです。
大群飼育で、成績改善
日本の現場では、離乳舎では、1豚房20頭程度の群編成で、大きさにより分けようとする傾向にあります。
しかし、ヨーロッパでは、6月号で書いたように離乳子豚は、大群で飼う傾向が一般化しています。それは、アニマルウエルフェアー=動物の福祉から、豚1頭当たりの飼養面積のガイドラインがきめられたこと。さらに成績の改善で1離乳当たりの生産子豚数が増えたことにより、多くの生産者は、離乳舎の面積を増やさざる得ませんでした。
この解決策として生まれたのが通路や細かい仕切り柵を徹去することで、実質の飼養面積を増やそうとする「改造」が数多くなされました。
大群飼育 でストレスなく 子豚達が育つには、いくつかの 条件が有ります。
@ 群内の子豚達の生まれた日があまりちらばらず、1週間程度の差に収まること。
これは、バッチ グループシステムを採用していれば、離乳が固まる=分娩が固まる=分娩日が集まる という循環で 必然的にまとまってきます。
A ワクチネーションなどの、衛生レベルがほぼ、同一であること
これも、分娩舎でバッチ管理が出来ていれば、ほぼ、おなじであることが期待できます。
B 環境管理では、オールイン オールアウトができていること
大群飼育をしていても、どうしても数パーセントは、波に乗れない豚が、分娩段階からでてきます。この処置については、いわゆる、オフサイト(隔離 分離飼育 豚舎)を設けて、これらの豚を分離飼育します。
この流れから離れた豚達は、回復しても、絶対にもとの流れ(引き抜いた豚房、豚舎)には、もどさず、そのまま、べつの流れで飼うか、回復の見込みがない場合は、処分 します。
C 餌箱、給水器の数、環境管理基準などは、ストレスをあたえないように 配慮されていること
最近は、かなり、リキッド給餌も増えてきました。また、特に水が自由に飲めるように、給水器の数もくふうされてきています。
D 自由に動き回れること
豚房の1頭当たりの面積が、同じでも、仕切りが大きくなり、うごきまわれる範囲が広くなれば、ストレスも緩和し、寝場所 排糞場所も明確に分けられるようになります。
これらのような基本的な管理に加え、フランスで現在 最もヒッしているのは、分娩、離乳段階での、臭いと乾燥を促進する パウダーによる 群の安定化技術です。
生まれたときからはじまるパウダー(商品名 ミストラル)を使った 群の安定化対策
フランスの分娩、離乳舎にはいると、いつも すがすがしい、臭いにつつまれます。
これは、香料をふんだんに入れた豚舎を乾いた状態に保つ しつとりした パウダーが、分娩舎から 種豚舎 離乳舎 肥育舎までも まかれているからです。
子豚は、生まれるとすぐに パウダーにくるまれ、活力を取り戻す。日本では、子豚がうまれると、ぼろ布、紙のキッチンタオルなどを用い、体表についた水分をぬぐい マッサージしてやることが、推奨されてきました。生まれてきた子豚は、体力が無く、持っていたエネルギーを特に寒い冬場などには、体熱生産に回してしまうことで、浪費し、母豚の初乳を飲む前に 消耗するのを、防ぐためです。
そのためには、分娩舎では、夜間は泊まり込みで看護分娩を行うこともままあります。
しかし、フランスでは、原則無看護分娩で、また、子豚を集め、保温するような保温箱を備えたものも、ありません。
ほとんどは、ヒーター付きか あるいは ゴムのマットがしいてあるだけです。
その代わり、マット には、乾燥促進パウダーがまかれ、分娩中にも、お尻の部分にマットを敷き、その上にこのパウダーを山盛りにして、生まれた子豚が、誕生と同時に、このパウダーにふれて、臍の緒を切るべく動く間に、パウダーが自然に体表につくようにしています。管理者がいる間ならば、その管理者は、まだ体表が濡れている子豚がいればパウダーの沢山入ったバケツに子豚をつけて、パウダーをまぶすか、あるいは、体表にふりかけてやります。
このパウダーは、吸湿性が高く、子豚を乾燥させ ぬぐったのと同じ効果をもたらし、子豚の体温を高めます。さらに、羊膜、臍の緒の自然脱落も促進します。 パウダーを散布した子豚の方が、しなかった、豚に比べ、哺乳開始数が、増え離乳率も改善されていきます。
寝床とするマットの上には、乾燥促進の目的も兼ねて、パウダーが、散布されます。このパウダーには、かなり強い臭いがついているため、子豚は、この臭いをかぎ、かつ、これが、体表につくために、誕生と同時に、このパウダーの臭いを、仲間の臭いとして、頭にすりこむことになります。
この原体験は、離乳してからの パウダー散布による臭いの同一化=仲間意識=ケンカ ストレスの低下に大きな影響を及ぼします。
パウダーを使った離乳子豚の群編成の開始
フランスでは、一般に離乳は、その当日に分娩舎から子豚舎に、即日行われます。分娩舎に1週間ほど置いて、離乳ストレスを緩和してから、離乳舎に移し群編成をおこなうというのが、これまで、日本で推奨されてきた方法です。
しかし、分娩舎の施設コストは、一般に高いのでこれを最大限まわすためには、分娩舎に子豚を置くのは、非効率というのが、フランスでの考えです。
また、離乳舎でのストレスコントロールさえしっかりやれば、そのあとは 問題無いとする考えです。また、遺伝的な違い 餌の違いもありますが、115kg 175日ほどで、肉豚は出荷されています。
フランスでは、3週よりも 4週離乳の方が 一般的で平均25日令ぐらいで離乳が行われ分娩舎から離乳舎に移されます。
前述したように、離乳に向かないような子豚は、別ラインで飼われるか、あるいは、処分されます。
訪れた農場では、それぞれの考えで、40〜100頭位までの群編成で、雌雄、大きさなどは、離乳段階ではあまり検討せず、機械的に集められます。
この集められた、子豚に、パウダーを、庭掃除などで使用する 吸い上げと 吹き出しと吸い上げを同時に行う ブロワーや ボウルなどを用い天井に向けパウダーを散布します。これが、キリ状になり、ゆっくり、漂いながら、床面に落ちるまでに しつかり、豚の体表に付着し 臭いの同一化がおこなわれます。これを、導入当日は、3回行います。
保温箱のマットには乾燥促進パウダー(ミストラル)が撒かれている
※ 月刊「養豚情報」2010年8月号掲載記事より
X パウダー散布による環境管理
ピッグスペシャリスト 山下哲生
豚舎の作業でいつも議論になるのは、乾燥と加湿どちらに重点を置くかです。特にこれから冬に向かうと、呼吸器系の病気が増えてきます。すると、ヤリ玉に挙がるのが、低湿度による「浮遊粉じん」に起因する呼吸器に対する障害の発生です。
呼吸器系の病気による疾病の代表は「肺炎」です。
「肺炎」を引き起こす原因菌として、ヘモフイルス、パスツレラなどが挙げられますが、それよりも乾燥による浮遊粉じんが増加、これが気管支、肺の中に紛れ込み、「異物」として組織の表面を侵食します。これらの「異物」が入ると、生物体の反応として、これらを排出しようとして、セキ、タン、が出ます。それでも、排出しきれなかつた「異物」は、細胞の表面を侵食し、そこに炎症を起こします。この炎症部分に肺炎などの原因菌が、入り込み増殖し、肺炎を引き起こすといわれます。
ある研究によれば、肺炎を引き起こす原因の70%は「浮遊粉じん」といわれます。豚舎の「浮遊粉じん」の元凶は、乾燥した糞塊からでるホコリ=エンドトキシン(糞毒素)です。
石灰塗布が、効果を上げるわけ
気管支、肺細胞を刺激するような「浮遊粉じん」を発生させる主因は水洗、清掃などが終わった後に残った糞などの有機物が乾燥してこれから派生する、「ホコリ」です。
今では、少なくなりましたが、肥育豚舎などで豚が出た後も、そのまま糞塊を除去せず、豚をそこに導入する経営がありました。こういう農場では、病気の発生もさることながら、出荷日齢が1カ月ほど伸びるのが常でした。それは、糞塊から発生した「ホコリ」=エンドトキシン糞毒素が絶えず発生し、病気にはならなくとも、これらが絶えず、免疫系を刺激し、本来、成長に回るべきエネルギーが、このエンドトキシンによる「炎症」を抑えるために動員され成長が遅くなるからです。一般にほこりっぽく、豚がせき込みをつづけているような農場で、成長が遅れるのはこのためもあります。
最近は、石灰塗布をオールアウト後、実施する農場が増えてきています。これは薄く残った糞塊も石灰で、塗布=マスキングされることでその発生が抑えられ、加えて、かなりの糞塊が残っているような場所は、表面が変色するので注意を喚起することになるからです。
石灰塗布した豚舎は、ほこりの発生が少なく、石灰自体が吸湿性を持つので乾燥した環境が作れます。石灰が削れてくると、ほこりも出やすくはなりますが、重いので沈み、また刺激が減ります。
パウダー散布による、乾燥と抗菌作用
フランスの養豚で広く採用されているパウダーによる、環境改善は、8月号で述べたにおいの同一化によるストレスの軽減=ヒーリング(癒し)効果のみならず、散布による抗菌=雑菌が繁殖しにくい環境の改善が見込めます。
まず、このパウダーですが、非常に軽いものなので、空中に散布されるとゆっくり漂いながら床面に落下していきます。無風状態では、天井付近に散布されたパウダーは、約10分ほどかけて、床部分にゆっくり落下していきます。パウダーなので拡散性はよく、床面にフワーと均一に落ちていきます。このパウダーの主成分の一つは、珪藻土(ケイソウ土)です。珪藻土は、吸湿性に富み、乾燥を促進します。また、吸い込んだ水分は、そのまま保持されるので、乾燥により再び空中に舞うこともありません。
この乾燥作用は多くの場合、抗菌作用をもたらします。乾燥状態では、多くの感染菌がその活性を失い消滅します。
担当者の説明によれば、離乳子豚を収容しても、4回ほどパウダー散布を繰り返せば、ほとんど床面からの感染菌の発生が見当たらなくなるとのことでした。反対に、湿ったジメジメした、つまり水分がある状態では、なかなか活力を失いません。また、豚もにおいのせいもあるかもしれませんが、この乾燥した環境は好きなようです。
高床式の分娩柵で、マットを敷いた平床部分にパウダーを散布しておくと、そこに集まり、寝るようになります。
現場での経験ですが、高床式の分娩柵でも、離乳後、水洗して表面をきれいにしても、十分に乾燥させない状態で、次の母豚を入れれば、この豚のお産後かなりの確率で哺乳子豚に悪性の下痢が発生することを経験してきました。
もちろん、予防のために高濃度の消毒液で床面を消毒しても、なかなか発生は抑えられません。反対に3日間でも、乾燥期間 (これを昔は「風乾」期間と呼びました)をとれば、下痢の発生は抑えられます。ここまでくると、抗菌と消毒で多少とも混乱が生じるかもしれません。抗菌は、菌を死滅させるというよりも、その増殖、拡散を阻止し、抑え込む働きをします。
消毒は、各種菌の組織を壊し、これを破壊する働きをします。しかし、糞塊などに消毒液をかけても、表面は滅菌されますが、その内部までは入り込めません。この死滅から残った部分から再び感染菌が増殖し、衛生環境を悪化させるのです。
フランスでは、このパウダーの抗菌作用を利用して、子豚の去勢後の傷口にパウダーをふりかけ、化膿止めにしていました。また、交配豚舎では交配前後の豚の陰部に、このパウダーが振りかけられ、さらに陰部と床が触れる部分にも、乾燥目的でこのパウダーがまかれていました。
担当者の話によれば、床が湿って汚れてると、外陰部から水分と多くの雑菌を含んだ汚水が子宮内に入る恐れがあり、これが繁殖成績低下をもたらす一因となるので、いつもパウダーを撒いているとのことでした。
このように、バッチ・グループシステムと共に、パウダー散布による臭気、抗菌作用により、グループの安定化が図られているというのが、フランス式養豚の第二の柱といえます。
次回は、第三の柱、深部注入によるAI(人工授精)について、述べたいと思います。
種豚の後部にはパウダーが撒かれる
ブロワーでパウダーを効率的に散布
※ 月刊「養豚情報」2010年9月号掲載記事より
Y アニマルウェルフェアとフランスの養豚
ピッグスペシャリスト 山下哲生
ヨーロッパでは、アニマルウェルフェアが一つの大きな潮流となって、養豚の生産構造そのものを変えつつあります。
アニマルウェルフェアの根幹にあるのは、動物に過度のストレスを与えない=虐待をさせないということです。本来ある形質を生産の都合で(歯、尾など)切除したりすることもアニマルウェルフェアの考えに立つと否定されます。
現場の実際でいえば、よく知られているように、行動の自由を束縛するストールの禁止、飼養面積の適正化、抜歯、断尾、去勢の禁止さらに、輸送、屠畜にあたっても、さまざまな規制が打ち出されています。
この考えの底流には、人間が動物を虐待しストレスを与えることは、これを行う人間の品性にもはねかえり、「博愛」精神を損なうというものでした。
アニマルウェルフェアの考えから生まれる規制の結果は、豚が受けるストレスを下げることで意外にも生産性の改善となって現れてきています。当初の生産現場での危惧がアニマルウェルフェアにより、作業見直しの契機ともなってきました。
フランスにおけるアニマルウェルフェアはバッチ・グループシステムから
アニマルウェルフェアがヨーロッパ、EUでは叫ばれていますが、イギリス、オランダ、北欧諸国と比べると、フランスはやや受身で自らの道を歩むというように見受けられます。
生活の上でも、フランスはグルメ=美食志向 の国として知られていますが いわゆる テーブルマナーといったものはそれほどうるさく言われず、会食した時など、かなりの皿を叩く音がします。それよりも話し声の方が大きく、マナーなど気にせずに食事と会話を 思いっきり楽しむというのが一般的のようです。
それでも、ドイツと並びEUを支える立場にあるフランスは、EUの共通政策が、採択されると、努めてその政策を実行に移そうとしているようです。
農業、特に養豚に関していえば、行政機関が農民にウエルフェアに基づく管理を勤めて取るように指導してきた経緯があるようです。
同時に、同じEUといっても国と国との競争、例えばフランスとドイツというような競争はありますから、EUの家畜に関する共通政策であるアニマルウェルフェアを採用しながらも、生産段階でこの政策が適用されても生産性が落ちないように、いろいろな工夫がなされてきているようです。
フランスの現場でとられていたアニマルウェルフェアに関する処置は
@ストールから群飼への移行
A豚1頭当たりの飼養面積に余裕をもたせる
B抜歯、断尾の禁止
C飼養環境、特に換気に注意を払う
このような項目で、我々にとって関心のある「去勢」に関しては、通常作業としてほぼ、100%行われていました。
これは、イギリスなどと異なり、出荷体重が大きいこと(110kgぐらい)特に、購入側=スーパー、農協などから、去勢禁止の圧力がないことなどが上げられます。ヨーロッパの大手スーパーチェーンなどでは、去勢豚の販売を中止にするところも出てきています。
この問題には、もう少し時間がかかるかもしれませんが、雄臭を出さないホルモン製剤がEUでは解禁されてきているので、その動向が注目されます。
アニマルウェルフェアに適合する養豚
フランスでは、行政の側でバッチ・グループシステムを現場で盛んに進めてきたと聞いています。このシステムを進めてきた理由のひとつに、前述したアニマルウェルフェアに適合する養豚という課題が見えてきました。
まず、ストールを禁止し、さらにこれにあわせて群管理を徹底するには、離乳をまとめ、繁殖豚群をバッチ=グループ化することで改善できます。
個別観察が容易なストールを使用しなくとも、群がまとまっていれば、その中での再発情などは比較的発見が容易になります。また何よりも作業の集中化=種付け、分娩の同期化 ができるので、これから生産される子豚の日齢がまとまり、かつ頭数も増えるので大群飼育が可能となります。
何回か紹介しましたが、豚舎の新設が難しい農場では、旧来の1腹もしくは、2腹合わせるような1豚房10〜20頭程度を前提としてきた個別の豚房柵を取り払いこれにより、餌箱給水設備でとっていた面積を削減してきました。また、豚房に入るための作業通路も豚が使えるように改造し飼養面積を増加させるようもってきています。
大群飼育のメリットは、何よりも豚の動ける面積が大幅に増えることで運動量が増し、豚の身体的「自由」が格段に向上することが挙げられます。
また、生まれた日が集中することで、日齢の大きく異なる他の豚、あるいは、豚群からの病気感染のリスクも大幅に減らすことができます。
フランスでは、かなり前から、人工授精の採用が盛んでした。AIセンターも整備され、授精のためのマネージメント、雄豚の選別も行われてきたため、農家段階でも積極的に受け入れていました。
30年ほど前ですが、私はフランスの農場を訪れたことがありました。その時に見たのは、「雄豚の居ない、母豚10頭の一環経営」でした。農家では、発情兆候が出ると、AIセンターに連絡。そこの職員が授精するために、農家を訪れていました。雄豚がいなくとも、発情を見極め、AIを行うというシステムが行われていたことに、フランス農業の畜産に対する技術力の高さに敬服せざるを得ませんでした。
AIに関しては、深部注入技術が面白いですが、これは次号にまわしたいと思います。
パウダーによるストレスコントロール
種豚生産のバッチ化、子豚の大群飼育をサポートする一つの要素として、前号まで書いてきたパウダーによる環境浄化がなされています。これまで報告させてもらったように、豚の臭覚は、非常に強く、犬以上という見解もあります。
現場でよく経験するのは、柵をとうして、隣り合っている豚房でも、柵を越えて、飛び込んできた豚に関しては「集団リンチ」のように、飛び込まれた豚房側の豚が集団で、おそいかかります。また、昔は、里子する子豚に関しては、里親となる母豚の糞尿をつけたり、里親となる母豚の仔豚たちと同じ箱中に入れ、においを同一化してから、親につけるなどして、においの同一化を図ってきました。
前号で述べたように、フランスで使われているパウダーには、良い香りのするローションが、かなりの分量含まれています。この香りは畜舎の消臭と言うよりは、においの同一化により環境の均質化を図る=皆、仲間という 連帯感を生み出すのに有効なようです。
特に生まれた時、このパウダーを体にまぶし、さらに寝床にこのパウダーを何回かに分けて散布することにより、このローションのにおいは、体の中に、刷り込まれるようです。これが、離乳、肥育などで群編成する際に効果を発揮するようです。
移動時に大群編成しても、このパウダーをその日に3回程度、散布してやることで、群内の闘争はかなり鎮まります。
パウダーは、癒し=ヒーリングの効果をもたらすようです。アニマルウェルフェア推進の武器としても使えますが、豚舎で働く人々にとっても、パウダーの清々しいにおいは、作業環境の「浄化」にも役立つようです。
※ 月刊「養豚情報」2010年10月号掲載記事より
|